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ちぐはぐ職業図鑑

若草フクロウ

日常を作る誇りは、
時としてちぐはぐな瞬間に現れる。

御茶ノ水駅前の宝くじ売り場で、

松葉杖をついた一人の人物を見かけた。
満身創痍のその人は、「今日は大安です」と

通行人に向かって声を張り上げていた。


アンラッキーな姿でラッキーを売る ――

のちぐはぐな光景に、

職業人としての覚悟と矜持を見た気がした。

そのとき私は、こう考えた。
「その仕事ならではの、ちぐはぐした瞬間にこそ、

 誇りが詰まっているのではないか」と。

そうした想いを出発点に、日常を見つめ直し、

10個の「ちぐはぐな瞬間」を描き起こした。
サービス業から公務員、さらには

社会から存在すら認められていないような職業まで、

多様な働き方に宿るちぐはぐさと、その裏にある覚悟を表現した。
 

イラストには、

それぞれ短いメッセージを添え、

冊子としてまとめている。
すべては、見過ごされてきた

「尊い一瞬」を掘り起こすためである。

展示場所は教室の一室。
あまりに見慣れた空間であるがゆえに、

非日常の空気をつくることは容易ではなかった。
そこで、床に市松模様のフロアタイルを敷き、

空間に意図的な違いとリズムを加えた。

もっともこだわったのは「日光」である。
自然光が作品に差し込むことで、

これまで光が当たってこなかった瞬間に

新たな意味を与えたかった。
また、展示空間の窓からは

御茶ノ水駅前の通勤風景をそのまま眺めることができる。
“展示内の仕事”と“窓外の現実の仕事”が

地続きでつながるような構造にしたのも、

この展示の核のひとつである。

会期中には雨の日もあった。
だが、それもまた展示の一部として機能した。
晴れの日には温かさを、

雨の日には静けさと余韻を感じさせる展示となった。

「日常」という言葉には、

「当たり前」という意味が付随しがちである。
しかし、それは本来「有り難い」こと 
――

滅多にない奇跡の連続であるはずだ。


本展示が、そのことに少しでも

気づくきっかけとなれば幸いである。

©2020 by 表現開発ゼミ(デジタルハリウッド大学)

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