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誰も知らない部屋

五嶋 龍也(若草フクロウ)

展示会場での体験:見えるが、触れられない聖域

目の前の会議室「DEN02」のアクリル窓越しに見えるのは、厳重にアクリルケースへ収められた一冊の「寓話小説」と、壁面に投影された「しあわせに関する宣言」です。そしてその前には、警備員の制服を身にまとった私自身が立ち、作品を監視しています。この展示において、あなたは「観る」ことはできても、中の本を手に取ることも、空間に入ることもできません。なぜなら、この作品の本質は特定の大切な人との交流のみを目的とした、本来は秘匿されるべき「サンクチュアリ(聖域)」だからです。



なぜ、いま「秘密」が必要なのか

現代のデジタル社会では、SNSの「いいね」や閲覧数といった客観的な数字が絶対視され、個人の曖昧な「実感」が軽んじられています。全世界がスマホに収まるほど距離感が崩壊したことで、私たちは常に他者の視線にさらされ、安心できるパーソナルスペースを失ってしまいました。そこで私は、大切な人との関係性を守るために、以下の掟を掲げたクローズドなシステムを構築しました。


1. 何かを強制されない
2. 実感を比べられない
3. 記録より、心に残るものを大切にする
4. 沈黙も、言葉と同じように守られる



矛盾という名の希望

「秘密」を「公開」するというこの展示の形式自体、大きな矛盾を孕んでいます。しかし、効率や合理性が優先される時代において、この矛盾の中で悩み、大切なものを守ろうと足掻くプロセスこそが、人間らしさの証明であり、AIには代替できない「希望」であると私は信じています。この窓の向こうにある「誰も知らない部屋」の実体は、あなたには見えません。しかし、警備というパフォーマンスを通じて、「見えないが、確かにそこに大切なものが存在する」という事実を感じていただければ幸いです。



He who knows, does not speak.(知る者は言わず)

<最優秀賞|教員コメント>
途方もない熱量と物量を生成してきた作者が卒制に選んだのは「本当に大事な人にだけ作品が届く仕組み」でした。通称サンクチュアリ・システムに守られた「誰も知らない部屋」という作品にアクセスできるのは、作者から直接手紙をもらった人だけ。よってここで詳細には触れませんが、朗読と書籍で語られるのは、作者の実体験にもとづいた"生まれ直しの物語"です。内容の良し悪しを差し挟むのは野暮でしょう。いま、必要だからやる。本作は作者の知性とぬくもりのイニシエーションであると同時に、個人的なかけがえのなさを、デジタル社会から守るシステムでもあるという二重性で成り立っています。

さて、本学の名称にも含まれる「デジタル」とは何でしょう。写真や音、文章や空間など、多様な表現が可能です。世界を構成する素材を切り出し、無限の複製と編集を可能にします。手にする自由は無限大で、AIは人間の外部脳とさえいえます。ですがその反作用として、一度世に出せば世界との接続を余儀なくされます。つながりすぎは監視社会を生み、アテンションエコノミーは人間の生活様式を様変わりさせました。EUでは「人の忘れる権利」の議論も進んでいますが、デジタルは私たちに自由と束縛、喜びと孤独を同時にもたらします。作者が提示するのは、人間と一体化したデジタル社会を、健やかに生き抜く新しい生活様式の可能性。そして、つながりすぎた現代社会で、自らとつながりなおすための儀礼装置です。作者と結ばれた人はぜひ、まだ見ぬ世界をその鍵で「ガチャリ」と開けてみてください。

©2019 by 表現開発ゼミ(デジタルハリウッド大学)

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