向き合えない感情
はたなかみなみ
<作品概要>
向き合えない感情と私について表現した、インスタレーション作品。
鑑賞者は、入口から細長い通路を進み、突き当たり、奥の空間を経て、再び入口へと戻る構造を通過する。その過程で鑑賞者は、「見る/見ない」「立ち止まる/通り過ぎる」といった選択を、無意識のうちに行う。
この作品では、すべてを理解することや、奥まで進むことを正解としない。
見なかったこと、通り過ぎたことも含めて、「向き合えない感情との距離の取り方」そのものだからだ。
空間内では、感情が確かに存在しているにもかかわらず、掴むことのできない状態を表現している。
全てを受け入れられなくても、細長い通路を再び通る時、少しの生まれ変わりをして日常へまた戻る。
向き合えない感情は、見ないふりをして、避けて、忘れようとしても、不器用な関係性のまま在り続ける。
消そうとして消えるものでもなく、乗り越えるものでもない。向き合ったり、向き合わなかったり。
その時に感じる揺らぎと一緒にいる状態を表現した。
<制作背景>
自分が感じる感情をそのまま素直に感じて生きる「生きたい自分」と、周囲とのつながりを優先する「生き延びるための自分」。
私はこれまで、この二つの間を行き来しながら生きてきたのだと思う。
しかし、人生を振り返り、自分自身を深く掘り下げていく中で、そのどちらにも属しきれない「その間の自分」の存在に出会った。
「その間の自分」は、これまで避けてきた感情を手に溢れるほど抱えるような存在で、その自分に触れることで、どの自分が本当の自分なのかわからなくなる瞬間があり、居心地の悪さを感じていた。
そんな感覚を抱え、帰省した夏休み。
目に入るさまざまな情景と「その間の自分」が重なったとき、忘れようとしていた出来事や感情が蘇った。その経験を通して、私の中には確かに「向き合えない感情」が存在していたことに気づいた。過去の自分が確かに抱いていた感情を、生き延びるために見ないふりをし、無視し、忘れようとしていたのだと思う。
向き合えない感情の存在を知り、それを受け入れようとするとき、人は初めて出会う自分に居心地の悪さを覚える。しかしその揺らぎは、同時に新しい自分が生まれ始める過程でもあると思っている。
私にとって大きな発見であった「向き合えない感情」の存在を、頭だけで理解するものではなく、身体的な体験として表現しようと制作を始めた。



















