異能開花プログラム
表現という言葉には「表す」と「現れる」という2つの言葉が含まれています。「表す」は能動態、「現れる」は受動態といえますが、実はその間に"中動態"という概念が存在し、古代ギリシャ/インドでは当たり前に使用されていました。たとえば"うれしい"という感情は、自らの意志で感じることはできません。かといって自分が感じるものである以上、完全な受動態とも言えません。だからこそ"うれしいという感情が自分という器にいま訪れている"と昔の人たちは表現しました。これを中動態といいます。
表現もまた中動態の営みといえます。まず自らの内に、現れてしまった"何か"がある。それをわかりたくて、分かち合いたくて、必死に表していった先で、到達した表現に自らが感動してしまう。自分がつくるもので、自分がつくられていく。そうして生まれる強度の高い表現は、作者が制作過程で感じた感覚を鑑賞者の身体へと流し込みます。鑑賞者の内側にもその"何か"が現れたとき、そして、自分も何か表したいと心が動かされたとき。鑑賞者もまた中動態の境地に至り、表現のバトンはつながっていきます。
誰かの初期衝動となれるほどの強度を保持した"人と異なる表現"を、どこまで磨き抜けるか。鍵は「気持ちよさ」にあると考えます。苦悩や葛藤の果てに到達する表現は、異質ですが病的でもあり、鑑賞者の驚きと引き換えに表現者を蝕みます。そうではなく、自分をどこまでも喜ばせ、気持ちよくてやめられない表現は、健康的でありながら普通じゃないものへと到達するはずです。「異能開花プログラム」では、6ステップのカリキュラムに沿って実践していきます。
STEP_01
心理的安全性の確保
組織論で重視される心理的安全性の本質は、親子関係を想像すると理解が深まります。無償の愛を注がれた赤ん坊は家の外で果敢に挑戦を繰り返しますが、それは家に帰れば「自分は価値のある存在」と認めてもらえるからです。
ゼミもそうでありたいと考えています。仲間を何より大切にし、表現について何でも言い合える関係構築を目指します。
取り組み例:
ゼミ合宿の実施/ライフヒストリー共有の対話
STEP_02
10年間の自己充足
表現という、わざわざやらなくても生きていけるものを志すのはなぜだろう。自分を表現へと駆り立て続ける根っこの原動力を問い直し、自分の満たしたい業ともいえる核心部分を自覚することは、終わりなき探究に欠かせません。
そこから発動する、自分だけの衝動や執着や真実を「資産」と捉え直し、しつこく言語化します。さらに、取り組んでいて気持ちのいい表現媒体やスタイルを細かく分析し、掛け合わせながら、自分だけの表現を繰り返し自問自答していきます。
取り組み例:表現シートを活用した対話
STEP_03
モノサシづくり
磨き抜かれた気持ちのいい表現は、誰かにとっては気持ちの悪いものにもなりうる。世間の反応は称賛の嵐よりも賛否両論が想定されます。その時、自分の中に確かなモノサシを持っていないと、他者から寄せられる批判や非難に挫けてしまい、創作が止まってしまうことにもなりかねません。
自分は何を良しとし、何を嫌うのか。その純度は研ぎ澄まされているか。生活環境や生活リズムから不純物を排除し、感覚を鍛え直すための体験型ワークに取り組みます。
取り組み例:不要なものを捨てた自室を紹介するルームツアー/100均ショップで自分が最も価値を感じる商品を買うワーク/バラを分解することで気づく力を養うワーク など
STEP_04
気持ちよさの外在化
自分が最も気持ちのいいと感じる表現は何か。考えてもわからないことは、考えてもわからない。それは思考ではなく"経験"が足りていないからです。
粘土造形や掛け軸制作、即興演劇や短編文学やキャラクター作成など、様々な表現に触れるワークを通して表現の幅を広げ、何に気持ちよさを感じるのかの身体経験値を積んでいきます。それは、気持ちよさを感じる表現媒体やスタイルを見つけることでもあります。
取り組み例:あなたの中に埋まっている「自分を表現へと駆り立てる原動力の種」を粘土で制作する/展示キャプションを掛け軸と見立てて「調和」をテーマに2人1組で制作する など
STEP_05
熱狂品質の表現
ネットをひらけば感動コンテンツと遭遇する時代にあって、目指したいのは感動以上のもの。"それでしか得られない栄養のある表現"といえるかもしれません。何度も摂取したくなったり、周囲の人へ布教してしまうような熱狂品質です。それを推し図る3つの問いを学生に渡し、学園祭展示/ゼミ主催の企画展/卒業制作展を経て、納得のいく表現を磨き抜きます。
①あなたが気持ちよくなれて、
かつ普通じゃない表現や企画に到達しているか
②何も知らないもう一人のあなたが見かけたら、
熱狂・布教してくれるか
③信頼する人からフィードバックをもらい、
一切の違和感を払拭したか
STEP_06
異能の正面突破
熱狂品質を磨き抜いた表現は、一部から強い支持を集めることはあっても、マジョリティからすると取っつきにくさが残ります。アーティスト活動を持続的に行う場合、それはネックになりかねません。
「気持ちよくて普通じゃない表現」を保持したまま、世間に対して正面突破をかけ、世の中と握手するためには、高度な情報設計や歴史文脈の整理が欠かせません。主に大学院に進学した学生を対象に、さらに踏み込んだサポートを行います。
※TA制度の活用を含む
代表的な参考文献:
---
▼内省科学/臨床心理・教育学
Peter Senge, C.Otto Schaemer, Joseph Jaworski, 野中郁次郎『出現する未来』2006
William Bridges『トランジション 』2014
マルティン・ブーバー『我と汝・対話』1979
吉田敦彦『ブーバー対話論とホリスティック教育―他者・呼びかけ・応答』2007
John L. Walter, Jane E. Peller『ブリーフセラピーの再創造―願いを語る個人コンサルテーション』2005
森岡正芳『うつし 臨床の詩学』2005
河合隼雄『影の現象学』1987
ジョン・デューイ『経験と教育』2004
山本一成『保育実践へのエコロジカル・アプローチ:アフォーダンス理論で世界と出会う』2019
▼表現/企画開発
村上春樹『職業としての小説家』2016
村上隆『芸術起業論』2006
鶴見俊輔『限界芸術論』1999
真木悠介『気流の鳴る音―交響するコミューン』2003
森田亜紀『芸術の中動態:受容/制作の基層』2013
Joseph Campbell, Bill Moyers『神話の力』2010
鴻池朋子『どうぶつのことば──根源的暴力をこえて』2016
James Webb Young『アイデアのつくり方』1988
仁藤安久『言葉でアイデアをつくる。問題解決スキルがアップする思考と技術』2024